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080308 紺屋談義

■ 080308 紺屋談義
いろいろとばたばたしていて報告が遅れました。というより、このブログが日記みたいなので自分の記憶を残しておくためにも書き込む
一ヶ月前の3月8日。仕事で忙しいけど、なにやら怪しげな?とぴうか、興味をそそる題名というか、そんな会が催されるので出かけてゆきました。
久々に出石方面に行くのでいつもの大銀杏を写す
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早く芽が出ないかな~~なんて気楽に。そんでもって時間が少し早いのでついでに出石神社におまいり。
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その後、会場の神美の出土管理センターにゆくが誰もいない、、、?
場所を間違えたようだ。玄関にポスターが張ってあり出石福住交流センターに逆戻り。
結局、開会ぎりぎりに着いた。
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会場は多くの人でいっぱい。盛況、盛況。80人ぐらいか??
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一人目の人は難しい話だったのでパス
二人目はいつもお世話になっている塩崎さんの話。
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紺屋、こうや、こんや。 藍染のことである。日高の地域おこしの会で何かないかなと探していたら、近所の人が染めの型紙を出してきた。とのことであった。
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その後いろいろ調べると面白い事実が出てくる。で、今日の会つながったというわけである。
新聞で発表すると各地から「うちにもあるで~~」てなことでなんと型紙が2500枚ぐらいあつまった。一種独特の商売みたいだが各地に点在していることがわかる。しかしそれを商売としておこなえるのはやはり富裕層の身分の人なのだろう。
後半はいつもの壷、焼き物の話にもっていく塩崎さん。
二部は「藍に学び 藍をはぐくむ」として福知山藍同好会の塩見さんの話。
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出石城下に27戸の紺屋
蚕の前に藍があった。江戸時代初期、、などと興味をそそる話がぽんぽん出てくる。
以前は藍を栽培し染をしていたが大正14年が最後の栽培となったらしい。
同好会では今、藍の栽培から染までやっている活動をしている。「私たちは歴史に学んで出発した。歴史を追及する」とも言っておられた。たしかによく研究されている。
型紙の話になる。このあたりの型紙は三木のものが多い。三木は刃物の前は型紙だったといわれる。そういえば誰かが言っていた。明治に入り元藩下の生活を確保するため出石焼きが出来たとか、、これと同じことかもしれない。
いろいろな資料があるが、その中に「1593年(文禄2年)宿南村、大杉村 紺屋覚書」というのが出てくる。
よし早速調べなきゃー。
但馬においても豊岡、養父は藍が多く栽培されていたらしい。しかしこの事実を知っている人はあまり居ないし調べられていない。おもしろそうだ。
二部後半は但馬各地からこられた紺屋のだんなさんのお話会
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紺屋は儲かったらしい。明治までに財を築いた家、それ以降財を築いた家。など話も弾む。
前に出ている若旦那をさしおいて客席から話をする身内の人など、結構アットフォームな感じで面白かった。 
今後は今日でられた紺屋さんが中心になって「会」を立ち上げ紺屋の歴史など調べてゆくらしい。 わたしも「のった!」
展示してあった作品
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型紙
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by venex2 | 2008-04-05 11:22 | 七転八倒
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