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イザ堰堤へ9月3日

9月3日
午前中、但馬検定の講義のための資料を作っていたのだが、土木遺産の堰堤の写真がないのに気がつく。昼から村岡へ出かけてゆく。途中 旧七美郡役所により写真撮影
▼ 旧七美郡役所(明治27年、その後移設 改築)
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その後は入江ダム  
▼ 入江ダム(昭和33年)
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まずは熊波堰堤だが熊波地区がわからない。知り合いに教えていただき地区までゆき、さらに地区の人に聞くと「あそこまでは車でゆけれへんで」と言われた。まあ、、歩いてもいいやろうと思い強引に行く。車が行けるところまで行き歩く
渓谷の案内 なにやらどこまで奥に行くのか不安になる。
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ものの10分で行き止まり。その先に堰堤があった。石張りである。黒く神秘的な堰堤。
おもわず「きれいだ!」といってしまう。
▼ 熊波堰堤(昭和10年)
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気をよくして次は山田川堰堤。谷が一つ違う香住側へ向う。
途中 矢田川発電所の写真を一枚。
入江ダムからのトンネルでこの発電所に水を引いている。
▼ 矢田川発電所(昭和33年)
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いよいよ初めて行く山田地区
村外れまで行き堰堤を目指すがわからない。道は細くなる一方。これ以上は行く自信もなくあきらめ帰る。途中 地区の人に聞くと「こっちにあるで」と簡単に言ってくれる。また細い道を行くのかと少しうんざりしながら別の谷に入ると・・・・あった。少し拍子抜け
▼ 山田川堰堤(昭和9年)
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きれいに石積みされた堰堤である
堰堤の天板というか上部の石はきれいに張り込んであった。
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さあこれで今日は帰ろうと思い車に乗りしばらくすると、すぐそばにも大きな堰堤があることに気がつく。
▼ 山田川の堰堤
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もう少し下るとたくさんあった。
昔は急な川だったのだろう。川岸も石できれいに積まれていた。
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やはり土木遺産はきれいである。気をよくして温泉町に向う。
3年前から気になっていた青下地区にある新田開発のために作られた水路を見に行く。
今は関西電力が使っているという。ここも初めてくる地区である。こりゃえらい奥だな。というのが感想。地区に入り人に聞くと「水路は蓋がしてあって見えんで」とあっさり。じゃあ取水口はどこにあるのかと聞くと「これから上流へ6キロほど行ったところ」と教えてくれた。すぐわかるのかどうか?時間も5時を過ぎていたし暗くなるのが先か、、、、
▼ 取水口(元々は明治4年だがその後手を入れている)
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いよいよ見ることが出来るとおもってゆくと・・・・・・
なんと蓋がしてあった。
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なんと、、、地区の人が言った意味がここでわかった。
確かに水は流れていた
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3年越しの水路はなんともあっけなく終わった。
2勝1敗・・・帰ったら7時を過ぎていた。
9月4日
15時ごろから出石に行く用事があり行く。ついでに出石川にある流路群をみてやろうと奥山川に行く。
すぐさまわかった。これか・・・・たぶん。両岸はずっと石積みである。こりゃまたすごい。
▼ 奥山川流路群(昭和7年)
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▼ 堰堤
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次は谷山川の流路群
▼ 谷山川(昭和7年)
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ここも何段も堰堤がある
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赤木正雄先生が宝塚の逆瀬川の堰堤を作ったのと同じように作ったという場所はどこなのだろうか?
出石川にあると聞いたのだが・・・・・。
次の課題に残しておいて今日は終わり。二日間の土木遺産は終了です。
by venex2 | 2006-09-05 19:17 | 近代化遺産
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