<   2010年 10月 ( 4 )   > この月の画像一覧

■101007~1011 高松~土佐~内子~石鎚

■101007~1011 高松~土佐~内子~石鎚
■101007 高松 
高松の仕事を終え街中を少しぶらぶらしていたら海の近くで見つけた建物
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■101008 高松~土佐へ
いつものIC 大豊でおりる。雨だ。
前回にも寄った大橋堰堤を正面から見たい。
途中 見つけた水路橋
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ずっと走っていると7月16日に寄った高藪取水堰に出会う。
今回は水が流れていない
■高藪取水堰 1929年(昭和5年)
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魚道もよくわかる。
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練石で造られているのもよくわかった。
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しかしこの谷は深い。
橋の反対側を撮影、廃道
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水はきれいだが、この大きな石入ったどこから流れてきたのか。
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■大橋堰堤 1939年(昭和15年)
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■大橋発電所 1939年(昭和15年)
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しばらく走ると旧道に古そうな橋が・・・あわててバック。
■勝賀瀬橋 1927年(昭和3年)
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綺麗な橋だ。
その後、閘門を目指すがわからない。
何度もうろうろ。最終的に役場で聞く。その場所に行ってみると新しい閘門になっていた。
■資母閘門  
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この閘門を探すときに渡った仁淀川橋も古いのだが交通量も多かったので止める事もできずパスした。
今日はたったこれだけしか廻れなかった。下調べが必要だと後悔する。

■101009 土佐~愛南町
朝早く出る。目指すは浅野セメント工場・石灰石貯蔵タンク。
途中住友セメント工場の大きな施設に出くわすが今回はパス。
わからないのでガソリンスタンドの人に聞くと「たぶんこの道をまっすぐ行けばよい」とのこと。
海からそびえたつタンクが見えるはず。こんな感じ。
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しかし見えない。近所の人に聞くと「二年ほど前に解体された」とのこと。
しかたないので来たという証拠の写真
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今回はこんなのばかりだ。
次の目的地は白石工場。
なんどもうろうろするが見当たらない。近所の人に聞く。
細い道を入っていくとあった。
■白石工業 土佐工場(昭和11年)創業
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帰って写真を見るとがっかり。みんなピンボケ。
こちらのHPを見てください
http://www.kochinews.co.jp/rensai04/04kochitenbyo05.htm
須崎市で「鍋焼きラーメン」なるものを食べ、次の目的地である須崎市浄水場へゆくが閉まっていて中が見れない。次の目的地の「第二領地橋梁」も降りる道がわからず。
■古畑集落群
山の中をずんずん進むと古畑地区があった
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詳しい説明は下記へ
http://www.niyodoriver.jp/mokuroku/tanada_sakawa2.html
とにかく石積みの村であった。狭い土地に狭い通路。車が落ちるかと思った。
■司牡丹の蔵群
ここも場所がわからず。車屋さんに聞いて始めてわかった。
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司牡丹とは酒屋さんだった。
写真はすべてピンボケ(><)
今日は散々たるものだった。

■101010 愛南町~内子
昨日と違って今日は快晴である。
遊子水荷浦(ゆすみずがうら)の段畑(だんはた)を目指す。
■遊子水荷浦(ゆすみずがうら)の段畑(だんはた)
まあ・・・・まことにすごい!よくもまあここまで積み上げたものだと感心する。
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石積みなので写真ではわかりにくいが、斜面に沿って畑が作られている。
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1mぐらいの通路。昔はもちろん石積みの通路。小さな階段で畑に上る。階段がないところははしごであった。
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石は固めることも無く置いてあるだけだった
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たいへんだわ。これは・・・
幅1m、高さ1.5m前後の畑が、斜面に沿うように開墾され、麓におりれば、数十世帯の家々が軒をひしめき合うように立ち並び、山と海とに生活の糧を求めて懸命に生きる人々の元気な姿を見ることができます。現代人が忘れかけている日本の元風景、半農半漁の営みが、この水荷浦には親から子へ、子から孫へと連綿と受け継がれているのです。とあった。重要文化的景観の国内3例目の事例として平成19年7月に選定を受けている。
■宇和島橋
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親柱を移築したようだ。
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■宇和島警察署(明治17年)
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内部は郷土資料館になっていた。
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■柿原水源地 上水道急速ろ過池1926年(大正15年)
フェンスの中に怪しげな施設がある。
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なんとも不気味であったが今回の旅では唯一とも言ってよい土木遺産。
この上流に堰堤が2箇所あるはず。
通行禁止になっているので反対側の道を歩く。
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5分も歩くと小さな堰堤があった。
■柿原洗い堰1926年(大正15年)
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さらに次の堰堤を目指す。10分で着いた。
バットレス式の堰堤である。おかしい。本には石積みとあったのだが・・・・。
■柿原第二貯水池ダム 昭和26年
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堰堤の水が下から吹き上げていた。
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上部
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やはりおかしい。これではないはず。いったん車に引き返し資料を見るとやはり違う。
もう一度行くかどうか迷う。結局二度とこないだろうと思い、再びアタック。
再度引き返す。林道を進む。20分ぐらい歩いたら林道がなくなった・・・むむ。また迷う。
ここまで来たのだったら・・・川原に降り、遡上するが今度は水で行く手をさえぎられた。仕方なく対岸をよじ登る。なんとか管理道みたいな道に出会い歩く。
すると橋があった。やはりまだ先に何かあるだろうと確信する。
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少し歩くとあった。が、上からでは見えない。
■柿原第一貯水池ダム1926年(大正15年)
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下に降りるをあきらめ、かろうじて木々の隙間から写す
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なんとなく石積みというのがわかる。
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満足して帰る。すると先ほどの橋がアーチ橋だった。これはラッキーであった。
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山の中を1時間半ぐらいうろうろしていた。
内子を目指す。すると国道沿いに開明学校の文字が目に入り寄り道。
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■開明学校
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■申義堂
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■宇和町の町並み
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■旧宇和町小学校
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日本一長い廊下(109m)で有名である。なんと今日の午前中に雑巾がけの競争(Z-1レース)があったようだ。
優勝は18秒23で大会記録を更新して、30歳以上の部に初出場で優勝した京都府与謝野町の整体師、藤原さん(33)は「記録を狙っていたのでうれしい」と 喜んでいた。 と翌日の新聞に書かれていた。
実際に体験している人もいたが私はパス
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内子へ向かう。ペンションという柄ではないがとにかく泊まるところがない。

■101011 内子~石鎚山へ
ペンションのオーナーと夜遅くまで飲みながら内子町の話をしていたのでだるい。
どこも悩みは一緒、やることも一緒。
さて、オーナーが屋根つき橋を見たらよいと言っておられたのでゆく。
■田丸橋 2002年土木学会選奨土木遺産
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■下の宮橋
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次に目指すのはまた堰堤。さらに西に向かう。
峠を越えて海岸へ出る。しかし資料には詳しく書かれていない。場所がわからない。
何とかここだろうとみつけ歩く。
■幸口堰堤
ボックスカルバートの中を進む
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10分ぐらいで着く。
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残念ながら全体の姿が見ることができず。見る努力もしなかった。
あっけなく終わった。もうこれ以上は無理なので帰るが、一回も行っていない石鎚山経由で帰ろうとおもい動く。途中ガソリンが少ないのに気がつくが途中にあるだろうと思いそのまま進む。
だんだん山道に入るがスタンドが無い。
途中で見つけた橋
■中ケ市橋 昭和9年
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結局石鎚山の駐車場で給油ランプがつく。来た道を帰ってもスタンドは無かったし、林道を下るが途中で動かなくなるのではとひやひやした。
結局一番最初に降りた大豊ICに行く羽目となった。帰りは高松道が渋滞。急遽徳島道へ入りかえってきた。

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by venex2 | 2010-10-31 17:18 | 近代化遺産

■100725 徳島

■100725 徳島
前日大阪で見学会があったので、そのまま徳島に行く。目的は図書館で資料をみるため。
朝早く来たものの図書館はまだ開いていない。同じ敷地内にある文書館を見せていただく。
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きれいだな~~と思ってよく読むと、古い部材を使って平成元年年に建てられた物だった。
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入手した資料を基に動く。
偶然でくわした取水堰堤。、、、、だが、名前がわからない。近くも寄れない。
片川堰堤だろうか。それとも川又取水堰堤だろうか??
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■明谷堰堤
昭和4年 昭和40年に大部分をコンクリートに改造
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■切越発電所
昭和6年
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■吉良発電所
大正14年
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■木綿麻橋
昭和25年架
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■相坂ダム(御所池)
昭和14年 昭和54年コンクリートで補強
きれいな堰堤で神秘的だった。
ただ下からの見上げの写真の場所に行くにはルートが無く斜面をずるずると降りるだけである。
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by venex2 | 2010-10-22 08:58 | 近代化遺産

■100716~18 高松~宿毛~内子~鳴門

■100716~18 高松~宿毛~内子~鳴門
二週連続で四国
4年ほど前に豊年池ダムにいった。しかし放水時期ではなかったので水も流れていなかった。
で、今回も無理だろうと思っていたが途中寄ったうどん屋で新聞を見ると「豊年池ダムの放水」の記事が載っていた。昨今のゲリラ豪雨の影響で放水しているらしい。
■100716 豊年池ダム
現存する日本最古の石積式マルチプルアーチダム。2006年(平成18年)、国の重要文化財(建造物)に指定されている(指定名称は「豊稔池堰堤」)。多連式アーチダムとしては、宮城県仙台市の大倉ダム(二連式)を含め、全国に二つしかなく、当時米国で最新技術であったマルチプルアーチが適用されるなど土木史、ダム技術史を語る上においても貴重な建造物である。
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■法師ノ越水路トンネル
明治期に構築された水路に法師ノ越水路トンネルがあり、これは、灌漑における住民の苦難を物語るものである。明治23年の大洪水で、壱斗俵と市生原の両集落に通じる灌漑用水路が崩壊し、修復したが度重なる洪水で壊れてしまった。そこで、市生原の野村成満は、この自然の猛威を回避するには、法師ノ越山に水路トンネルを抜く以外に方法はないと考え、農民から資金を集め工事を始めたが足りず、自分の田畑を売却して資金に当て完成させている。(四万十川流域の文化的景観より)
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一斗俵沈下橋を目指すがわからない。
これかな?とおもったら違った
■清水ケ瀬沈下橋
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■一斗俵沈下橋(いっとひょうちんかばし)
昭和10年架
四万十川上流域に架かる橋長61m,幅員2.5mの鉄筋コンクリート造9連桁橋。支間長に応じて桁高を変える。名称は,橋が高水時に水面下に潜ることに由来し,四万十川流域の沈下橋の内,現存最古のもの。渓谷景観と調和した姿が人々に親しまれている。
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宿毛泊
■100717 外泊~足摺~内子
■外泊(そとどまり)集落
次男や三男がつくったというところに興味があり出向く
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幕末に外泊地区の東側に隣接する中泊地区の人口が増加し、地区の主導者が各家の二男以下に分家移住を提案した。これに応募した人々により移住がなされ、地名を「外泊」と名付けた。中泊に隣接する入り江の谷を埋めて水路を確保し屋敷地を造成した。全戸の入居が完了したのは明治12年(1879年)頃であった。屋敷地の造成や石垣の積み上げは全て入居者の手で行われた。
集落は漁業が主産業であり男性は海に出て漁労を行った。女性は家で家事を行ったため漁労の様子が見えるよう台所は海側に作られた。更に台所の窓の部分の石垣は「遠見の窓」と言われるくぼみが設けられ、地元では特に「海賊窓」と呼ばれた。
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確かに石ばかりで大地が造られている
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集落内の通路は整備されていたが少し離れるとごらんのように石だけ。
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こんな通路で生活されている。建築基準法はどうなっているのだろう?
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■「浜田の泊屋」の再現
道の駅 浜屋によるとへんてこりんな建物がある。
ヘンロ小屋 そうかお遍路さんが休む場所なのかとみると昔は違ったらしい
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この近くに昔たくさんあった「浜田の泊屋」を再現したものらしい。
泊屋とは幕末から明示にかけて未婚の青年が夜警などのために使った建物で、後に公民館などに転用されたと伝えられる。現存するものは文化財として保存されている。
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■ヘンロ小屋プロジェクト
こんなプロジェクトがあったんだ!建築家 歌一洋(うたいちよう)
一言で言えば四国八十八ヶ所の歩き遍路さんの休憩所を建てるプロジェクト。
歌氏は徳島出身らしい。なんとHPには2001年から10年かけて89ヶ所のヘンロ小屋を建てると書いてある。
今年は2010年 その後はどうなっているのか?
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■ジョン万次郎(中浜万次郎)銅像
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■足摺岬 灯台 とりあえず来たという証拠写真
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さて 逆戻り 四万十川を遡上するよう進む
途中 たくさんの橋があるがいちいち休んでいられない。
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これはすごい。沈下橋と鉄道橋のコラボ
第一三島橋と予土線の鉄橋 上から見る
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下から見上げる
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内子を目指す
途中アーチ橋が見え車を止める。なんと橋の上流にも沈下橋があった。
しかし中央が壊れている
■葛川沈下橋(愛媛)
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■予土線のアーチ橋梁
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内子泊
■10718 内子から徳島へ
■内子町内
朝早くから内子町内の伝建ちくをうろうろする
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やはり気になるのが小物ノデザイン
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■町立図書館
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■内子座
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内子の散策のあと道の駅に向かう。すごい人だった。
街中の活性よりも道の駅のほうが魅力的かもしれない。
大橋堰堤を目指す。
途中で見つけたアーチ橋
■御三戸(みみど)橋 大正11年架 
これは古い。RCだし。通常鉄製の橋が多いのだが・・・・
開腹アーチではなく充腹アーチ
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がけの上に家が建ってる
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国道沿いにあった発電所の施設
■分水第二発電所 1941年(昭和16年)
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この小さな堰堤がきれいだ!
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■大橋堰堤 1939年(昭和15年)に完成
2002年土木学会選奨土木遺産
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近くにあるプラント跡の構築物
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やっと本格的なダムに出会えた。
再び走るとなんとそこにもきれいな堰堤があった
■高藪取水堰 昭和5年
きれいな円形と階段状のゲート
練石積で出来た少しアーチを描いた取水堰と書いてあったが水が流れているので確認できなかった。
水が流れているほうが少ないようだ。今回はラッキーであった。
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管理棟が建ってるのかと思えば、住宅だった。
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橋の反対側に廃道が残っている。
がけっぷちに岩をくりぬいた隋道。昔は恐ろしかった。
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徳島 泊 翌日会議のため朝から但馬に向かいました。

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by venex2 | 2010-10-20 17:55 | 近代化遺産

■100710~100711 四国研修NO1 愛媛~高知~徳島

■100710~100711 四国研修NO1 愛媛~高知~徳島
昨日7月9日から仕事の関係で高松入り。翌10日はフリーなので愛媛に向かう。
目的は近代化遺産の資料集め。
図書館のそばに愛媛県庁があった。
■ 愛媛県庁
竣工 1929年(昭和4年)
所在地 愛媛県松山市一番町4-4-2
設計 木子七郎
施工 安藤組
構造 鉄筋コンクリート造4階建て

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愛媛が終わり高知へ向かう
途中で見つけた橋。ふるそうだ。
■落合橋
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途中にあった旧山中家住宅による。
■旧山中家住宅
この住宅は元来、宇摩郡別子山村(現・新居浜市)にあった。旧・美川村が「愛媛県立岩陰文化の里」整備事業の一環として旧・別子山村より譲り受け、昭和50年(1975年)に移築復元された。
建築年代は江戸時代中期の18世紀中頃から後半と推定されている。屋根は入母屋造り、茅葺きである。外壁は板張りとなっている。
部屋割は大きく三分割されている。正面向かって右より「ざしき」、中央が「おもて」、一番左が「ちゃのま」で「ちゃのま」の奥に「おく」と呼ばれる小部屋がある。「ざしき」「おもて」の前には縁が造られている。「ちゃのま」の左には小さな「どま」が構えられている。このように部屋を直線的に配する間取りは四国地方の山間部に見られる典型的なものである。
移築前の昭和45年(1970年)6月17日に国の重要文化財に指定された。(ウィキペディアより)
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■100711 高知県安芸市 野良時計
土居村(現在の安芸市土居)の大地主であった畠中源馬は時計に興味を持った。明治20年(1887年)ごろアメリカ製の八角掛時計を取り寄せて分解・組み立てを繰り返し、やがて自作の時計を作ることを思い立った。独学で全てのパーツを一人で作製したといわれる。当時は殆どの人が時計を持っておらず、周囲の田園で農作業に従事する人々が時間を知るのに役立っていたと言われる。(ウィキペディアより)
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なんと近くには岩崎弥太郎の生家があったが今回はパス
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野良時計を探し村中をうろうろして見つけた塀や家。高知らしい
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高知で仕事を済まし徳島に向かう
R195をとにかく徳島に向かって走る。
途中で見つけた疎水
■山田堰なんと疎水百選にも選ばれていた。
疎水百選 http://www.inakajin.or.jp/sosui_old/kochi/a/497/index.html山田堰は、江戸時代初期の儒学者で土佐藩の重臣、野中兼山が一級河川物部川を堰き止め灌漑用に築造した農業用取水堰である。  と書いてある。
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途中で見つけた橋
■高宮橋 S30年架
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発電所
■川口発電所
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その奥にあった何かのレール 森林鉄道かと思ったが違った。
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奥まで行きたかったが今日は雨なので諦める。
また橋があった
■不明
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今回は四国の下調べ。香川、愛媛、高知、徳島の図書館にってずっと調べ物?(コピー)でした。

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by venex2 | 2010-10-19 19:03 | 近代化遺産