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6月4-5日 ヘリテージ大会と三木の眼鏡橋

6月4日
神戸で開催される第三回ヘリテージマネジャー大会に参加。但馬から4人の参加。大会会場に行くや、どの地区もパネルの準備に忙しそう。但馬は豊岡のマップだけ。少し寂しいが、メンバーの歩調があわないので仕方がない。今回の私の役目は第二部で映像作家次郎さんとの対談。だが、何も考えていないし打合せもしていない。まあ、、何とかなるでしょう。
今回の大会、プログラムもなくITを駆使した大会だった。全てパワーポイントで進められる。
参加者は150名強か?(実行委員の皆様、ごくろうさまでした)
全体の様子
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大会挨拶の武田さん
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二部で次郎さんとの対談風景(ピンボケ)
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各地区のパネル。結構マップが多い。但馬が最初に作ったことに刺激を受けたようだ。
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17時前まで大会があり、そのまま懇親会に。ヘリテージ4期生のパワーに圧倒Uされる。
その後、建築士会青年部の時代の仲間と飲み会。話がはずみ、次回の約束をして12:00ホテル着
6月5日
朝食を食べたものの、再度ねる。11時チュックアウト。さあ、、、いままで行きたかった三木の疎水橋を目指す。が、下準備していないので場所がわからない。結局、三木市観光協会まで行き教えていただく。来た道を逆戻りだった。
淡河川疏水工事
場所
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御坂サイホン。すごい。
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解説書
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「御坂サイホン」は、御坂神社の前を流れる志染川の清流にかかる眼鏡橋の別名です。
この橋にはわが国初の“サイホン(噴水管)工法”による鉄管が通っています。これは加古台地への引水のため淡河川から導水し、志染川を逆サイホンで渡す淡河川疏水工事によってつくられたものです。山から谷を通って向いの山へ水を運ぶこの疏水工事は、当時としては画期的な大事業で、明治21年(1888)から着工され、明治24年(1891)に完成しました。淡河川疏水は、疏水としては琵琶湖疏水(京都)、安積疏水(福島)とともに“三大疏水”に数えられるものですが、大きな特色は他の二つの疏水が国策として建設されたのに対し、淡河川疏水は地域住民が自費で完成させようとしたことです。なお、サイホンの設計は、わが国初の横浜近代水道を建設し、神戸近代水道の計画書をつくった英国陸軍少将パーマーによるものです。
御坂サイホンは何度か改修されましたが、眼鏡橋の姿は今でも周囲と美しい調和を保っています。

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左が明治の構築物。右が昭和になってからの構築物。石とコンクリートの違いがわかる。
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昔の写真
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資料より
「創設時の構造物はその後の改修、特に昭和26~28年に行われた兵庫県の農業水利改良事業により改築され、御坂サイフォンも眼鏡橋を残すのみで、管渠は眼鏡橋埋設部分を除き撤去されている。御坂サイフォンはその歴史的重要性により眼鏡橋を撤去せず、2m離して下流側にほぼ同じ形態の鉄筋コンクリート橋を建設し、両橋の上をつないで幅4.5mの生活道路としている。」
下部の写真(左が疎水、右は新しく作られた生活道路)
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疎水を上がる。(平坦なように見えるが坂道)
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登ったところから見下ろし(中央の白い部分が登り口)
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なんと、水はこの坂道を登っていた。登りついた上の水路の水は登ってきた道とは逆だった。サイホンの原理とはいえスケールがでかい。(水は左に流れている。右側(写真上)は登ってきた斜面)
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谷を越えた向うの山に同じような水路が見える。あの山から落ちてきたのかと思うとやはりすごい。(中央の一本の縦軸の線がそれ)
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その後、うろうろしながら18:30八鹿着。つかれた。
その後、御坂のサイホンのことを調べていたら23:00前になった。疎水。結構面白いですね。
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by venex2 | 2005-06-05 23:03 | 七転八倒